PHASE / FIELD STUDY
DIGITAL ART EXPERIMENT  —  NO. 001
IMAGE → MATTER → TIME

かたちの
あわい。

あなたの写真が、ゆっくりと別の形になっていく。
光と影を白黒の濃度に置き換え、カーン=ヒリアード方程式で時間発展させる、ちいさな実験。

LIVE FIELD / AWAITING IMAGE
φ : CONCENTRATION
t : 000.0
カメラを起動して、あなたの風景を取り込んでください。
画像はこのブラウザ内だけで処理され、送信されません。
MODELCAHN–HILLIARD
FIELD SIZE320 × 180
MOBILITY / ε1.0 / 1.15 · 5×
SIMULATIONSTANDBY
FIELD NOTES / 01

像がほどける、
式とまなざし。

ここでは、画面で起きていることを二つの層から見つめます。ひとつは、物質の相分離を記述する数理モデル。もうひとつは、輪郭や「こちら/あちら」を固定したものと見なさないための、作品としての問いです。数式が思想を証明するのではなく、変化を見つめる時間をひらきます。

01 / MODEL数理モデル

濃度のむらは、どう動くのか

カーン=ヒリアード方程式は、二成分混合物の組成が場所ごとに変化し、相分離していく過程を記述する保存型の相場モデルです。場 φ(x,t) は各位置の組成を表す量で、時間発展のあいだ全体の平均値が保たれます。

∂φ / ∂t = ∇² μ
μ = φ³ − φ − ε² ∇²φこの作品で用いる無次元化した形(移動度 M = 1)

μ は化学ポテンシャルです。局所項 φ³−φ は、二つの安定な相へ分かれようとする傾向を表し、ε²∇²φ は急激な空間変化にエネルギー上のコストを与えます。化学ポテンシャルの勾配が流束を生み、その流束の発散が濃度の変化になります。二重井戸型の自由エネルギー f(φ)=(φ²−1)²/4 と界面エネルギーを置くと、μ=δF/δφ=φ³−φ−ε²∇²φ が得られます。

F[φ] = ∫ [ (φ²−1)²/4 + (ε²/2)|∇φ|² ] dA自由エネルギー:相の好み + なめらかな界面を保つコスト

画像の明るさを φ に割り当てることで、写真は濃淡の「場」になります。この実装では平均を差し引いて平均値をゼロにそろえ、一定移動度・周期境界条件のもと、格子上のラプラシアンを使って数値計算しています。画面の時間は物質の実時間ではなく、観察しやすい速度に調整したシミュレーション時間です。

02 / OBSERVE変化を観る

写真から、相の風景へ

撮影した白黒画像は、RGBの加重平均から求めた輝度をもとに、一つのスカラー場として扱います。そこから先は、この作品が設定した方程式と数値条件に従って、模様の境界が移動し、形がまとまり直していきます。

01 — READ

光を濃度へ。画像の明暗を φ の初期分布に写します。

02 — FLOW

濃度を保ちながら、化学ポテンシャルの差に沿って場が流れます。

03 — WATCH

細かな境目は揺らぎ、領域はゆっくりと大きなまとまりへ変わります。

実際の合金や流体の物性を測定・予測するシミュレーションではありません。ε、格子幅、時間刻みなどは、この画像が見せる変化のために選んだ無次元の設定です。周期境界は画面の左右端・上下端をつなぐ仮定です。

03 / VIEW作品のまなざし

境界は、どこにあるのだろう。

私たちは輪郭を引き、「もの」と「背景」、「内」と「外」、「見る私」と「見られるもの」を分けて世界を受け取ります。けれど、輪郭はいつも同じ場所にあるのでしょうか。ひとつの像がほどけ、隣り合う濃度と混ざり、別のまとまりになる過程を見つめると、境界は独立した線というより、関係のなかで一時的に現れるものにも見えてきます。

思想的な参照点は、「東洋思想」全体を一つにまとめることではなく、とりわけ中観仏教の縁起と空です。そこでは、ものごとはそれ自体で固定した本質を持つのではなく、条件や関係に依って成り立つと考えられます。この作品は、その教えを数式に置き換えたり、相分離を悟りと同一視したりするものではありません。像の分かれ目が変わるのを静かに見る時間が、自分の引いた境界を問い直す、小さな観照の助けになることを願っています。悟りを与えるのではなく、見方をゆるめるための入口として。

ここで述べるのは作家による解釈と願いです。物理モデルの説明と、宗教哲学についての主張は区別しています。

04 / SOURCES参考文献

参照した文献

  1. Cahn, J. W. & Hilliard, J. E. (1958). “Free Energy of a Nonuniform System. I. Interfacial Free Energy.” The Journal of Chemical Physics, 28(2), 258–267. doi:10.1063/1.1744102
  2. Cahn, J. W. (1961). “On Spinodal Decomposition.” Acta Metallurgica, 9(9), 795–801. doi:10.1016/0001-6160(61)90182-1
  3. Kim, J. (2016). “Basic Principles and Practical Applications of the Cahn–Hilliard Equation.” Mathematical Problems in Engineering, 2016, 9532608. doi:10.1155/2016/9532608
  4. Nāgārjuna. (1995). The Fundamental Wisdom of the Middle Way: Nāgārjuna’s Mūlamadhyamakakārikā. Translated and commented by Jay L. Garfield. Oxford University Press. 書誌情報
  5. Westerhoff, J. “Nāgārjuna.” Stanford Encyclopedia of Philosophy. 解説記事
MODEL ≠ METAPHOR   /   BOTH INVITE ATTENTION